2010年11月29日

降り注ぐ陽光の下で

穏やかな陽光は人の心を和ませると同時に高揚させる力があるのではないか?初冬のとある日、郊外の電車に乗車した時にふと思った。車内に踏み入れると、乗客はまばらで一車両あたりに10人程度。着席して読書をしようと思えば出来たのだが、車窓から流れ込む柔らかな日差しが車内の床に反射しているのを見届けると、あまりの天気晴朗に腰を落とすのがはばかられ、立ったまま窓越しに日差しを浴びながら雑誌を読みたくなったのだ。

目的地まではわずか4駅、時間にして10分もかかるまい。だとすれば来るべき冬に備えて太陽の光を全身で感じ取るのも一興というものだ。着席せずに両開き扉の片側に体を持たせかけるようにして雑誌を読み始めたのも自然な流れと言えるかもしれない。

電車内では空き時間を見つけると、これ幸いとばかりに漫画雑誌を読む人を見かけるが、電車移動も勤務時間のうちと考える私が読む雑誌は当然経済誌。昨今の円高が一体どこまで上がるのか、韓国情勢を横目で見ながら為替相場の動向に思いを巡らすことはあっても、間違っても携帯電話で2ch各種スレッドを流し読みすることはない。駅の売店で週刊アスキーを買い込み、暇さえあればIntel次世代CPU SandyBridge"サンディブリッジ"の価格動向を探り、来るべきニューワールドを想像するPCマニアや、グラフィックボードGeForceGTX580のベンチマークを見てニヤリとしてるゲームマニアと志が違うのだ。

一時期は1995年につけた最高値1ドル79円75銭を突破するのも時間の問題、天井の見えぬ領域に到達したかとを思わせる日本経済の行く末は一体どうなるのだろう、さて今週の経済特集をじっくりと読みながら分析しようかとしたとき、次駅に到着し一人の乗客が真向かいの扉から乗り込んできた。





雑誌に目を落としたままの横目が微かに捉えた印象では若い女性だった。もちろん顔上げて一瞥すれば良かったのだろうが、文中記事を熱心に読み始めたこともあり、かつまた女性にうつつを抜かす軽薄な男性と思われても困るという妙なプライドが雑誌から目を離さなかったのだ。ガラガラの車内、当然着席するかと思われたその若い女性だが、こともあろうに私の真向かいの場所にやってきた。

つまり両開き扉の左側にその女性が、右側に私がお互い手すりに体を持たせるようにして立っていることになる。努めて意識せぬよう雑誌を読んでいたつもりだが、すぐ目の前にこのようなものを見せつけられると内心は激しく動揺する。



おおっ、これは・・・・もう・・・・

こうなってくると男として全身を見たくなるのが人情というものだ。幼少の頃、誕生日の贈り物をもらったときに、はやる心を抑えきれずに慌てて開封した記憶が脳裏に甦ってきたが、目の前にいる若い女性がまさにそれに該当する。期待と不安が心の奥底で錯綜しているのが自分でもよく分かる。このまま足元だけを注視しているべきか、それともひょっとしたら裏切られるかもしれないことを念頭に心の準備をしておくべきか?

私は躊躇逡巡(ちゅうちょしゅんじゅん)した。が、我慢出来なかった。

悟られぬよう、あくまでも経済誌を読むふりをしながら、緩やかに目線を上げていく。若い女性は携帯のメール入力に忙しいのか、私のことはとんとお構いなしだ。見ると窓越しに流れ込む陽光が彼女の長い髪の毛に注ぎ込み、黒い髪の毛を茶色に変色させてきらめいているかのよう。

美人だと思った。

男なら誰しもが綺麗だと感じるその女性は、推定年齢25歳、膝上10センチのミニスカートに身を包み、時おり左手で降り注ぐ陽光を遮りながら、右手で携帯電話を操作している。手すりに持たれるようにやや斜めに構えたその姿は、まるでカタログのカット写真として挿入されても違和感を全く感じさせないほど絵になっている。陽光を後光に転嫁させてしまったのではと錯覚するほど、スタイル抜群のその女性にしばし私は見とれた。

千載一遇の好機とはまさにこのことだろう。と、その時背広の内ポケットに入れておいた携帯電話のバイブレータが作動した。メール着信の知らせだ。携帯電話で業務用のメールを読みつつも、内心の動揺を隠せない自分自身に気がつくまでにそう時間はかからなかった。

視線は携帯電話の画面に表示されたメール本文を見ているが、その画面の外側には、つまり携帯電話の画面越しに見えるのはスタイル抜群の女性のミニスカート姿なのだ。PCマニアやゲームマニアとは志が違うのだとの気構えはどこへやら、思わず写真を撮りたくなる衝動にかられるが、小心者であるが故に、ましてや車内には10人程度の乗客しか居ないためにじっと我慢する。

下車するまであと二駅か三駅程度。スタイル抜群のミニスカートの女性が乗車してくると、当初の意気込みはどこへやら、朝令暮改を地で行くような情けない有様に気を取り直し、再び経済誌に目を落とし熟読を始めた。

と、そのとき、線路が緩やかな弧を描く地点に到達したのだろう、電車がやや傾きかけたその瞬間、彼女はバランスを崩して床に倒れ込んでしまったのだ。片手で携帯操作に熱中し、体を手すりに預け、やや斜(はす)に構えた姿勢が緩やかなカーブに差し掛かった自分を支えきれなかったのだろう。



おそらくこのような姿勢のまま倒れ込んだはずだが、私はその瞬間を見逃してしまったのだ。妙なプライドを捨ててそのまま直視していたら確実に捉えていたであろう、その大事な場面を見ていないことを悔やんだ。後悔先に立たずというが、悔やんでも悔やみきれない失態とはこのことだろう。

下車駅に到着すると後ろ髪を引かれるような思いで、車両を降りたことは言うまでもない。
posted by Lancer at 22:28| Comment(19) | TrackBack(0) | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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